10/27(木) ワールド・フォーカス『エドワード・ヤンの恋愛時代 [レストア版]』上映後、濱口竜介さん(映画監督)をお迎えし、トークショーが行われました。
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濱口竜介監督(以下、濱口監督):素晴らしい作品の上映ゲストに呼んでいただいてありがとうございます。
司会・市山尚三プログラミング・ディレクター(以下、市山PD):まず、この作品と東京国際映画祭との関わりについてお話します。
東京国際映画祭は90年代にアジア秀作映画週間という部門がありまして、1994年に京都で開かれた東京国際映画祭京都大会のアジア秀作映画週間部門のオープニングでこの作品が上映されました。その時にフランスのオリヴィエ・アサヤス監督の『冷たい水』という作品がやはり京都で上映され、主演女優のヴィルジニー・ルドワイヤンが来ていたのですが、そこで彼女がエドワード・ヤンと会い、次の『カップルズ』という作品に彼女が出演することになったという思い出があります。
という思い出もありつつ今回上映したのですが、実はこの作品は権利関係がややこしかったそうです。かなり長い間、日本のみならず、台湾でも上映されていませんでした。
ところが、今年ヴェネツィア映画祭でこのレストア版が上映されるということが分かったので、権利関係がおそらくクリアになったのだと思います。それで、エドワード・ヤンさんの奥様に連絡して、是非とも上映したいということで今回の上映が実現しました。背景はここまでにして、濱口監督はこの作品を最初にご覧になったのはいつ頃か覚えていらっしゃいますか?
濱口監督:おそらくは、2000年代の初めの上映で観たのではないかなと思うのですが。
市山PD:それでは、公開すぐではなく少し経ってからご覧になったということですね。
濱口監督:そうですね。公開の頃は見逃していましたが、おそらく『ヤンヤン 夏の思い出』の後でしょうか。
エドワード・ヤンの作品は『ヤンヤン 夏の思い出』と『牯嶺街少年殺人事件』しか観ていなかったので、(『エドワード・ヤンの恋愛時代』を観て)こういうような映画も撮るのかという、それまで観ていたものとはなんとなく異質なエドワード・ヤン、という印象でした。
市山PD:実はですね、この作品の2年前ほどに初めてエドワード・ヤンと台北で会ったのですが、その時に、「次はウッディ・アレンみたいな映画を撮るんだ」と言っておられて、ウッディ・アレンが好きみたいですよ。この作品が似ているかどうかは皆さまのご判断にお任せしますが、そんなことを言っていたというのを思い出しました。
濱口監督:ウッディ・アレンはエドワード・ヤンのフェイバリットに挙げられていたので、影響は明らかにあるのだろうなと思いつつも、今回エドワード・ヤンのトークショーの機会を頂いたので、すべての長編を観直して来ました。本当に一作毎に大胆に自分自身を更新している作家なのだなということを、クロノロジカルな視点で観てすごく実感しました。
特に、この作品は『牯嶺街少年殺人事件』の後ということで、本当に大傑作ですよね。映画史上に残るような作品で、僕自身も本当にフェイバリットな作品の1本です。一方で、作品を作るのは本当に大変だっただろうなという気はするのですが、そのこと(前作)があったからこそ、この作品が生まれたんだろうという気もしました。公開当時に観ていた方々もおそらく驚いたのではないかと思うのですが、どうでしたか。
市山PD:そうなんですよね。本当にこんなにオシャレな映画を撮る人だったのかと。『牯嶺街少年殺人事件』以前の作品とも違いますよね。例えば、同じ台北を扱った『台北ストーリー』という、これも素晴らしい作品なのですが、あの頃のセンスとも全然違うので、すごくモダンになった台北というか、そうしたものを撮ったということに僕もちょっと驚きました。
濱口監督:ですから、自分自身もこうして時系列で見てみると本当に大きな跳躍だったということが分かりました。エドワード・ヤン監督自身も台北という街にこだわり続けて映画を作ってこられた方だと思いますが、全く違う台北を描こうとしている。それはおそらく彼自身が変わっていったことあるし、台北自体もこの10年間ものすごく変わったということもあって、軽佻浮薄な感じの恋愛ドラマ、恋愛コメディのように見える映画を作ったのかなと思っています。
市山PD:そうですね。今日の夕方に上映されるツァイ・ミンリャン監督のデビュー作『青春神話(Rebels of the Neon Gold)』は『エドワード・ヤンの恋愛時代』の2年前ぐらいに作られた作品になるのですが、とても同じ街とは思えない、古い繁華街が出てきます。ちょうどその古い繁華街が取り壊されて、繁華街ではない別の場所にこの映画に出てくるようなオシャレな場所ができていると。本当に台北の歴史上の転換点でこの映画が作られているという気がしました。残念ながら、今はほとんど『青春神話』に出てくるような街並みはなくなってしまい、完全に近代的な都会になっていると思います。
濱口監督:そういうものが混在している中で、あえてこっち側、モダンな台湾を描くことを選んでいるという。それも、もちろんオシャレな映画を作りたい、ウッディアレンみたいな映画を作りたいという気持ちがあったのだろうと思うのですが。コメディのようにも見えるし。僕は前回(10月24日)の上映にも行ったのですが、前回は本当にすごく笑いが起きていて、今回もところどころ笑いが起きているわけですが、笑っていない人もたぶんたくさんいた、という気がしていて。それはやはりこの街のこのモダンな側面の中にある、何と言いますか、ある種の病というか、都市特有の人間性が阻害されているような状態に焦点を当てたかったのだろうなと思います。
だから『牯嶺街(少年殺人事件)』と比べてまず一番自分が驚いたというか、気にかかったのは、顔がちゃんと見えるということです。映画の冒頭から、登場人物、キャラクター全員の顔が把握できるということです。『牯嶺街(少年殺人事件)』では主要な登場人物の顔が遠かったり、暗かったりして全然把握できないのですが、(この映画では)そうした人物の顔が入ってくる、そういうカメラポジションをまず選んでいると思いました。
それが実のところ見ていたいような顔かというと、必ずしもそうではないと思います。全員が魅力的かというとそうではなくて、みんな何かに駆り立てられてコミュニケーションをしているようで、彼らは全然人の話を聞いておらず、言葉の量はすごく過剰なのですが、お互いに相手を怒鳴りつけているだけというコミュニケーションがとられている。だから、顔は入ってくるけれども、『牯嶺街少年殺人事件』やそれ以前のエドワード・ヤン作品の登場人物が持っていたような神秘や謎を最初は持たない状態で登場人物たちがこの映画に登場してくるというのがあると思います。
『牯嶺街少年殺人事件』は非常にわかりづらい映画であって、その映像や音響がかなり解体されてバラバラになっているような映画でもあるのですが、本作に関しては、そういうことはなくて、俳優がはっきり発話していて、それがシンクロの録音でとらえられている。そういう映画なので、そのことによってわかりやすくはなっているけれども、情報がこっちに入ってくるかというと、そうでもない。なぜなら、彼らが話していることはほとんど内容がなく、彼らの深層にある渇きのようなものが叫びとして出てきているという状況になっていると思います。
結果として彼らはどうなっていくかというと、最初は顔が見えるのだけれども、後半に進むにつれて顔が見えなくなっていく。その中に浸されていくようになっていて、都市の光というものが届かない場所でコミュニケーションし始める。その時に語られていることは、それまで語られているようなこととは少し違い暴力的なことではない。どちらかと言えば親密な、彼ら自身が本当に思っていたことを辿り直すような、そういう黒い顔、黒い場面と共に、今までとは少し違った恋が生まれてきている。そういう印象があります。
そうやって人間性が最終的には回復されていく過程を辿っていて、それは『牯嶺街少年殺人事件』とは最も大きな進行の違いだと思うんですね。それはエドワード・ヤンが本当に求めていたことだと思います。自分自身があのような大傑作、しかも悲劇的な大傑作を撮ってしまった後で何を作るかと考えたときに、本当に絶望的な状況から何か楽天的なものをつけ足そうとする、そういうトライがここから始まっているんじゃないかな、と思いました。
今回改めて『エドワード・ヤンの恋愛時代』を観て、自分が思ったことではあります。
市山さんは今回、この新たなレストア版を観て…
市山PD:まだ観てないんですよ。
濱口監督:なんと!
市山PD:これが到着したのがギリギリだったということもあるのですが、レストア版はまだ観ていないんです。ぜひどこかで配給してほしい。お金を払ってでも観に行きますので。そして、このセッションを観ないで話してるという残念な状況ではあるのですが。
濱口監督:ちなみに、市山さんがご存じかわからないですけど『カップルズ』はまだ・・・。
市山PD:多分、同じ出資者だったと思うんですね。だから今(権利関係を)クリアにしてるんじゃないかな、と思います。そこまで僕らも聞いていないんで分からないんですけど、この2本がある意味で上映できない映画だったので、東京国際映画祭で追悼特集をやった時も、その2本は日本側の権利の問題じゃなく、元々の台湾の権利者がおそらく揉めているか、何かトラブっているかもしれないということで2本とも上映できなかったんですね。もし何か進行していれば、是非『カップルズ』も観てみたいですね。
エドワード・ヤンの最終監督作品の『ヤンヤン 夏の思い出』もいいですけど、これは日本のポニーキャニオンの全額出資で作られているため、安定していつでも上映できるという状態なんです。それまでの作品は色々な会社が複雑に絡んで、かなりの作品を観ることができなかったということはあります。
濱口監督:すごい豆情報としては、『ヤンヤン 夏の思い出』のアソシエイトプロデューサーである久保田修さんが参加しています。この方は『ドライブ・マイ・カー』と『寝ても覚めても』のプロデューサーでもあるのですが、スーパーパイジングプロデューサーというかたちで関わっていて、そんな繋がりもあるんです。その久保田さんからエドワード・ヤンが一体どういう人柄だったのか、どのような演出をしいていたのかを聞くのも、とても楽しい体験です。
この遺作になってしまった『ヤンヤン 夏の思い出』も『牯嶺街少年殺人事件』と並ぶような大傑作だと思っていますが、またもう一度、その映像と音響を解体するようなことをやりながら、ここで手に入れた俳優との共同作業を、前よりも反映させて、より人生の絶望的な状況をも描き出しているわけです。そこからいったいどうやって希望のような、人生が生きるに値するものであると思えるような何かをみつけるかを、そのフィルモグラフィーを通してやり続けた人であると思うのです。本当に全作上映される機会を待ち望んでいます。
市山PD:『海辺の一日』というデビュー作がありますが、ご覧になられていますか?
濱口監督:一応、台湾の方がわざわざ英語字幕付きでBlu-rayを送ってくださったので。
市山PD:実はこれ、台湾でしか上映できない映画でして。
濱口監督:なんと!
市山PD:数年前に、レストアヴァージョンができたという情報を聞き、東京フィルメックスに問い合わせた際に、台湾国内であれば上映できるが、海外では権利の問題があり上映できないと言われ、残念ながら上映できなかったのです。台湾ではBlu-rayが出ていますが、日本を含めた海外では上映できない映画のひとつです。
濱口監督:『牯嶺街少年殺人事件』も我々の世代は実はVHSで初めて観て、ずっと上映がされなかったりして、エドワード・ヤンの権利関係っていうのは本当に複雑なんだな、ということを長らく感じていました。ぜひ何とかして、いつか観られるようにしてください。
市山PD:いつも予算オーバーをしていて別の出資者を募ったりしながら製作をしているため、結構一つの作品にたくさんの出資者がいて、その調整がつかないのが原因じゃないかとよく言われてますね。『牯嶺街少年殺人事件』はそうだったと聞いています。そういう作り方は本来好ましくないと思うのですが、エドワード・ヤンはそういうことが特に多かったことが、トラブルの要因になってるとは聞きます。
濱口監督:その話を聞くと妙に納得するというか、台湾映画の製作状況はよくわからないですが、日本映画の状況とそこまで大きな違いがあるわけではない中で、いったいどうやってこれほど充実した画面をショット毎に作り続けていけるのだろうか、と思っていました。
一旦やり切って、お金が無くなったらまた集めてということを繰り返すのは、本来ならしたくはないですけど、もしかしたらあるべき姿なのかもしれないですね。
ジョン・カサヴェテス監督がとても好きなんですけど、この監督もそういう風に作っているようです。いろんな出資者がいるとはいえ、エドワード・ヤンは基本的にものすごくインディペンデントな志を持って映画を作っていた人だということを凄く思います。
ちなみに原題は『獨立時代』とあり、『恋愛時代』は邦題です。実際にも恋愛話という風に見えるし、多くの人たちは恋愛関係、三角関係や四角関係になったりしている、そういう話であることは間違いないと思います。ラストに、恋愛というものをある種楽しく賛美するような形で描いているようにも見えるけれど、実際にはそうではないような気もします。
あくまで自分の解釈ですが、チチがミンのもとに帰っていくというのは、その前に自分自身は信じることを決めひとり立つことができるという、いわばミンといつでも別れることができるというような状況に達したから、彼女は戻っていくことができるといういうことなんじゃないかと思っています。どのキャラクターも自分が属していた関係性から一回切り離されることによって、都市の時間に巻き込まれない自分だけの時間みたいなものを回復していく映画だと思うので、『恋愛時代』はいいタイトルだと僕自身は思っています。『獨立時代』というオリジナルタイトルがある、ということも是非忘れずに観ていただきたいです。
市山PD:最後に一言付け加えることがあれば。
濱口監督:ぜひ『カップルズ』と『海辺の一日』を日本で上映できるように、ということぐらいですかね。エドワード・ヤンは最も敬愛する映画作家の一人なので、こうしてお呼びいただいたことを心からありがたく思っております。今日はわざわざトークショーまで残っていただき、ありがとうございました。
市山PD:濱口監督の新作も期待していますのでぜひまた新しい映画を作ってください。
濱口監督:いつになるやら・・・。