第35回東京国際映画祭アンバサダーに就任した橋本愛
写真:間庭裕基
東京国際映画祭のアンバサダーを“2年連続”で務めることになった女優・橋本愛。映画祭サイドからの信頼の証でもあるとともに、一層期待されることも増えるはずだ。そんな大役のオファーについて、橋本は何を考えていたのだろうか。9月21日に行われた、第35回東京国際映画祭のラインナップ発表会に登壇した直後、その胸の内を明かしてもらった。
「“2年連続”ということにはとても驚きました。とても光栄だなと感じる一方で、相応の責務を果たさなければならない……というプレッシャーを感じたのも事実です。ただ、そんなことを感じながらも、まず自分自身が楽しんで、やれることをやっていきたいと思っています」
今回のオファーについて率直な感想を述べた橋本。まずは、初めてアンバサダーを経験した第34回(2021年)開催時について。当時は、アンバサダーという立場として何を模索していたのだろうか。
「昨年は、映画祭の楽しさ、お祭り感や高揚感みたいなものを伝えたいなと思っていました。その前提があって、もう少し深みに入りたいと考えていましたが、それを模索しているうちに終わってしまった……という感じがありました。学びのための“観察”を行っていましたが、確固たるものが築けず、フワッとした形で役目を終えたというのが正直な感想なんです。だからこそ、今回は昨年同様に“楽しさ”を伝えるだけでなく、自分自身の気持ちや意見というものを発信した方が面白いムーブメントに繋がるのではないかと思っているんです」
そして「映画祭に背中を押してもらい、自分の殻を破るような強い体験が2つも重なった。映画祭に携わったひとりの人間に、これだけの“改革”が起きたという点も伝えたい」とも述べる。最初の体験は、コンペティション部門の審査委員長を務め上げた仏女優イザベル・ユペールとの邂逅だ。
「世界に出ていきたい、世界の作品に関わりたい――もちろんご縁があれば、そこに乗っかっていきたいという気持ちはありましたが、昨年の段階では、そこに向かって何か努力をしていくという姿勢は、まだなかったんです。でも、イザベルさんと直接お話したことで『自分は世界に向けて“拓いていく”べきなのかもしれない』と考え始めることができました。これからやるべきことが増えたといいますか……道が拓けたような気がしています。『世界っていいのかも』と感じているんです」
ユペールとの対話では、彼女が演じてきた舞台のこと、濱口竜介監督の作品について話し合った。
「イザベルさんは、しっかりと芸術というものを通じてお話される方。語学力はもちろんですが、自分の中には、そのように語るための“種”が圧倒的に少ないと実感した瞬間でもありました。これから年齢を重ねるにつれて培っていかなければいけない部分だと思いましたし、そのことを通じて、他者と繋がっていくコミュニケーション能力も鍛えていかないといけないなと感じました」
第2の体験は、映画祭と国際交流基金アジアセンターによる共同トークイベント「アジア交流ラウンジ」。第33回では、モデレーター・是枝裕和監督とともに韓国映画『はちどり』のキム・ボラ監督とオンラインで語り合っている。
「キム・ボラ監督との対話は、ものすごく良い体験だったんです。自分の思想、信仰みたいなものが、海を越えてつながったような感覚がありましたから。それまでは、海外に対してどこか閉鎖的に生きてきた人間で、英語も話すことができませんし、国際的な交流もしたことがありませんでした。だからこそ『同じなんだ』と初めて感じられた体験だったのかもしれません。住む場所は違えど、同じ人間として、今この瞬間を生きている。頭ではわかっていましたが、実感したのは初めてでした。『世界って大きいな』と思えたのは、とても良い経験でした」
第34回では『ペルシャ猫を誰も知らない』『亀も空を飛ぶ』で知られるイラン出身のクルド人監督バフマン・ゴバディとのオンライン対談に臨んだ。
「ゴバディ監督とも大きなご縁がありました。監督は『人は亡くなったら木になる』と仰っていたんです。私は『木になる』とは考えたことはないんですが、『無になる』とは思っていませんでした。その感覚を、監督は『木になる』と言い表していて、私も『あ、そうなのかも』と。精神世界、内面が広がったような感じがしたんです。それ以降、木や植物を見ると『これも誰かだったのかな』と考えるようになりました。世界を見る視点を変えてくれたんです。モノづくりをしている方々は、本質に近づいていこうとしている人たちだと思っています。自分自身はまだ26年しか生きていないので、その先を進んでいる方の世界の見え方や思想に触れる機会は、経験として非常に大きいものでした」
これらの体験が「世界に出て行ってもいいのではないか?」という考え方の芽吹きとなった。
「世界進出に対してのハングリー精神があまりないので、歩みは遅く、実現する頃には50歳くらいになっているかもしれません(笑)。それくらいのスピード感ではありますが、ひとつの手段や選択肢が加わった。自分の未来が拓けた瞬間です。日本の熊本で生まれた人間が、世界で映画を作り、各国の人々と交流する。そんなことを想像すると面白いなって思えるんですよ。少し他人事みたいなところもあるんですが、楽しんでいけたらいいなと思っています」
ゴバディ監督との対談では、現在の日本映画界では“短期間での製作が日常化している”という問題点を指摘している。前述の通り「自分自身の気持ちや意見というものを発信する」という意識を持っている橋本だが、今回発信していきたいメッセージとは、どのようなものなのだろうか。
「身近なトピックとして挙げるのであれば、ハラスメントの問題。もうひとつは、日本では同性婚がなかなか認められないというもどかしさみたいなもの。それらはすべてつながっているんじゃないかと思っているんです。これまでにもたくさん取り上げられていることではありますが、自分が加わり、その声を大きくする。そして、その意見を継続してあげていく。自分自身がしっかりと一部になりたいという思いがあります。映画芸術の役割のひとつだと思っているのが『変革していくこと』。私が発言することで、そのことに貢献し、(声が)届いてないところにも届いたりするのではないか……と思っています」
さらに、ラインナップ発表会でも話題に挙げた「世代間の溝」にも言及する。
「例えば、私は主演として作品に関わらせていただく機会もあり、ある程度の意見を受け入れてもらうことができます。もちろん、一番大切なことは意見を交わせること。意見を聞いてもらえる場があるのはありがたいことだとは思っていますが、その一方で『主演でなければ、この意見を述べることができたのだろうか』と考えることもあるんです。ある程度の立場がなければ、意見をすることも、聞いてもらうこともできないという環境を、もう少し健全なものにすることはできないだろうか。そういう未来を思い描いているので、これから主演を務めさせていただく機会があれば、もっと色々な立場の方の話を聞いたり、オープンな姿勢で臨みたいと思っています。意見を一切聞き入れるつもりがない上の世代の方がいた場合、その姿勢をどう崩していけるだろう――その都度、自分にできることを考えていきたいんです。映画業界に限らず、今の若い人たちがあまり明るい未来を思い描けていないという空気をすごく感じているので、自分次第で何かひとつだけでも変えられるんじゃないかと。経験を積み重ねたうえで、さまざまなデータを収集し『こういう事例があります!』と提示することで、問題を解決に導く。そういうことを増やしていきたいと思っています」
「怯えず、恐れずに、自分の気持ちを発信していこうと思います」と真っ直ぐな眼差しで語った橋本。最後に、改めて“2年連続”の大役についての意気込みを語ってもらった。
「今の世の中、外出しなくても成り立つもの、好きな時に楽しめるコンテンツに、一番親しみを感じると思うんです。“映画館で映画を観る”ということは、わざわざ外に出て、わざわざ指定された時間に劇場を訪れなければいけません。そして、2時間程度の時間、ある意味拘束されることになります。私は、このことが特別だなと感じているんです。この特別さというものが、エンタメとして根付いていくにはどうしたらいいのかを考えていきたいんです。映画鑑賞が、かけがえのない娯楽になったらいいなと思っています。そして、この世界に身を置く者として、まずは“一番のお客さん”にならないといけないなと感じているんです。今年も映画祭に参加しつつ、さまざまなことを観察して、(映画界を良くするための)資料やデータを増やしていきたいなと思います」
第35回東京国際映画祭は、10月24日~11月2日、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催。オープニング作品『ラーゲリより愛を込めて』(瀬々敬久監督)で幕を開け、クロージング作品には『生きる LIVING』(オリバー・ハーマナス監督)が控えている。
第35回東京国際映画祭アンバサダーに就任した橋本愛
写真:間庭裕基
東京国際映画祭のアンバサダーを“2年連続”で務めることになった女優・橋本愛。映画祭サイドからの信頼の証でもあるとともに、一層期待されることも増えるはずだ。そんな大役のオファーについて、橋本は何を考えていたのだろうか。9月21日に行われた、第35回東京国際映画祭のラインナップ発表会に登壇した直後、その胸の内を明かしてもらった。
「“2年連続”ということにはとても驚きました。とても光栄だなと感じる一方で、相応の責務を果たさなければならない……というプレッシャーを感じたのも事実です。ただ、そんなことを感じながらも、まず自分自身が楽しんで、やれることをやっていきたいと思っています」
今回のオファーについて率直な感想を述べた橋本。まずは、初めてアンバサダーを経験した第34回(2021年)開催時について。当時は、アンバサダーという立場として何を模索していたのだろうか。
「昨年は、映画祭の楽しさ、お祭り感や高揚感みたいなものを伝えたいなと思っていました。その前提があって、もう少し深みに入りたいと考えていましたが、それを模索しているうちに終わってしまった……という感じがありました。学びのための“観察”を行っていましたが、確固たるものが築けず、フワッとした形で役目を終えたというのが正直な感想なんです。だからこそ、今回は昨年同様に“楽しさ”を伝えるだけでなく、自分自身の気持ちや意見というものを発信した方が面白いムーブメントに繋がるのではないかと思っているんです」
そして「映画祭に背中を押してもらい、自分の殻を破るような強い体験が2つも重なった。映画祭に携わったひとりの人間に、これだけの“改革”が起きたという点も伝えたい」とも述べる。最初の体験は、コンペティション部門の審査委員長を務め上げた仏女優イザベル・ユペールとの邂逅だ。
「世界に出ていきたい、世界の作品に関わりたい――もちろんご縁があれば、そこに乗っかっていきたいという気持ちはありましたが、昨年の段階では、そこに向かって何か努力をしていくという姿勢は、まだなかったんです。でも、イザベルさんと直接お話したことで『自分は世界に向けて“拓いていく”べきなのかもしれない』と考え始めることができました。これからやるべきことが増えたといいますか……道が拓けたような気がしています。『世界っていいのかも』と感じているんです」
ユペールとの対話では、彼女が演じてきた舞台のこと、濱口竜介監督の作品について話し合った。
「イザベルさんは、しっかりと芸術というものを通じてお話される方。語学力はもちろんですが、自分の中には、そのように語るための“種”が圧倒的に少ないと実感した瞬間でもありました。これから年齢を重ねるにつれて培っていかなければいけない部分だと思いましたし、そのことを通じて、他者と繋がっていくコミュニケーション能力も鍛えていかないといけないなと感じました」
第2の体験は、映画祭と国際交流基金アジアセンターによる共同トークイベント「アジア交流ラウンジ」。第33回では、モデレーター・是枝裕和監督とともに韓国映画『はちどり』のキム・ボラ監督とオンラインで語り合っている。
「キム・ボラ監督との対話は、ものすごく良い体験だったんです。自分の思想、信仰みたいなものが、海を越えてつながったような感覚がありましたから。それまでは、海外に対してどこか閉鎖的に生きてきた人間で、英語も話すことができませんし、国際的な交流もしたことがありませんでした。だからこそ『同じなんだ』と初めて感じられた体験だったのかもしれません。住む場所は違えど、同じ人間として、今この瞬間を生きている。頭ではわかっていましたが、実感したのは初めてでした。『世界って大きいな』と思えたのは、とても良い経験でした」
第34回では『ペルシャ猫を誰も知らない』『亀も空を飛ぶ』で知られるイラン出身のクルド人監督バフマン・ゴバディとのオンライン対談に臨んだ。
「ゴバディ監督とも大きなご縁がありました。監督は『人は亡くなったら木になる』と仰っていたんです。私は『木になる』とは考えたことはないんですが、『無になる』とは思っていませんでした。その感覚を、監督は『木になる』と言い表していて、私も『あ、そうなのかも』と。精神世界、内面が広がったような感じがしたんです。それ以降、木や植物を見ると『これも誰かだったのかな』と考えるようになりました。世界を見る視点を変えてくれたんです。モノづくりをしている方々は、本質に近づいていこうとしている人たちだと思っています。自分自身はまだ26年しか生きていないので、その先を進んでいる方の世界の見え方や思想に触れる機会は、経験として非常に大きいものでした」
これらの体験が「世界に出て行ってもいいのではないか?」という考え方の芽吹きとなった。
「世界進出に対してのハングリー精神があまりないので、歩みは遅く、実現する頃には50歳くらいになっているかもしれません(笑)。それくらいのスピード感ではありますが、ひとつの手段や選択肢が加わった。自分の未来が拓けた瞬間です。日本の熊本で生まれた人間が、世界で映画を作り、各国の人々と交流する。そんなことを想像すると面白いなって思えるんですよ。少し他人事みたいなところもあるんですが、楽しんでいけたらいいなと思っています」
ゴバディ監督との対談では、現在の日本映画界では“短期間での製作が日常化している”という問題点を指摘している。前述の通り「自分自身の気持ちや意見というものを発信する」という意識を持っている橋本だが、今回発信していきたいメッセージとは、どのようなものなのだろうか。
「身近なトピックとして挙げるのであれば、ハラスメントの問題。もうひとつは、日本では同性婚がなかなか認められないというもどかしさみたいなもの。それらはすべてつながっているんじゃないかと思っているんです。これまでにもたくさん取り上げられていることではありますが、自分が加わり、その声を大きくする。そして、その意見を継続してあげていく。自分自身がしっかりと一部になりたいという思いがあります。映画芸術の役割のひとつだと思っているのが『変革していくこと』。私が発言することで、そのことに貢献し、(声が)届いてないところにも届いたりするのではないか……と思っています」
さらに、ラインナップ発表会でも話題に挙げた「世代間の溝」にも言及する。
「例えば、私は主演として作品に関わらせていただく機会もあり、ある程度の意見を受け入れてもらうことができます。もちろん、一番大切なことは意見を交わせること。意見を聞いてもらえる場があるのはありがたいことだとは思っていますが、その一方で『主演でなければ、この意見を述べることができたのだろうか』と考えることもあるんです。ある程度の立場がなければ、意見をすることも、聞いてもらうこともできないという環境を、もう少し健全なものにすることはできないだろうか。そういう未来を思い描いているので、これから主演を務めさせていただく機会があれば、もっと色々な立場の方の話を聞いたり、オープンな姿勢で臨みたいと思っています。意見を一切聞き入れるつもりがない上の世代の方がいた場合、その姿勢をどう崩していけるだろう――その都度、自分にできることを考えていきたいんです。映画業界に限らず、今の若い人たちがあまり明るい未来を思い描けていないという空気をすごく感じているので、自分次第で何かひとつだけでも変えられるんじゃないかと。経験を積み重ねたうえで、さまざまなデータを収集し『こういう事例があります!』と提示することで、問題を解決に導く。そういうことを増やしていきたいと思っています」
「怯えず、恐れずに、自分の気持ちを発信していこうと思います」と真っ直ぐな眼差しで語った橋本。最後に、改めて“2年連続”の大役についての意気込みを語ってもらった。
「今の世の中、外出しなくても成り立つもの、好きな時に楽しめるコンテンツに、一番親しみを感じると思うんです。“映画館で映画を観る”ということは、わざわざ外に出て、わざわざ指定された時間に劇場を訪れなければいけません。そして、2時間程度の時間、ある意味拘束されることになります。私は、このことが特別だなと感じているんです。この特別さというものが、エンタメとして根付いていくにはどうしたらいいのかを考えていきたいんです。映画鑑賞が、かけがえのない娯楽になったらいいなと思っています。そして、この世界に身を置く者として、まずは“一番のお客さん”にならないといけないなと感じているんです。今年も映画祭に参加しつつ、さまざまなことを観察して、(映画界を良くするための)資料やデータを増やしていきたいなと思います」
第35回東京国際映画祭は、10月24日~11月2日、日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区で開催。オープニング作品『ラーゲリより愛を込めて』(瀬々敬久監督)で幕を開け、クロージング作品には『生きる LIVING』(オリバー・ハーマナス監督)が控えている。