2022.10.22 [インタビュー]
悩める人々を描き続けてーー第35回東京国際映画祭コンペティション部門出品作品『窓辺にて』 今泉力哉監督公式インタビュー

東京国際映画祭公式インタビュー:『窓辺にて今泉力哉監督
 
公式インタビュー

©2022 TIFF

 
フリーライターの市川茂巳(稲垣吾郎)は文芸編集者の妻・紗衣(中村ゆり)が浮気していることに気づいているが、その事実に怒りが湧かないことにショックを受けていた。ある日、文学賞の取材で出会った高校生作家・久保留亜(玉城ティナ)の小説に心が惹かれた市川は、小説にモデルがいるなら会ってみたいと打ち明ける……。この2年は年間3本のペースで作品を発表している今泉力哉監督、2度目のTIFFコンペ選出作。場面と場面、セリフとセリフの間に余韻を醸す本作は、誰にも言えない主人公の心の戸惑いに寄り添い、本人のなかに納得する気持ちが芽生えるまでを温もりあるタッチで描いている。パーフェクトではない人間たちの心の機微を味わい深く見つめた監督に、お話をうかがった。

 
――『愛がなんだ』(19)で参加された、2018年の第31回TIFFから4年振り、2度目のTIFFコンペティション選出です。いまのお気持ちは?
 
今泉力哉監督(以下:今泉):昨年、TIFFの体制が変わってあらたな方向性を模索しているなかで、再びコンペに選ばれたことは大変うれしいです。『愛がなんだ』が選出された前回は、審査委員から芸術性と商業性の双方で、あの作品が選ばれたことの是非を問う声があったと聞いています。本作も、恋愛にフォーカスした作品なのでどう評価されるか、緊張しながら見守っています。
 
――本作は稲垣吾郎さんの主演ありきで監督の下に企画が来たそうですね。稲垣さんの個性をどう理解して脚本を書かれたのですか?
 
今泉:脚本のために稲垣さんと会ってお話を聞く時間は残念ながら得られなかったので、これまでTVや映画で見て、私が勝手に抱いていたイメージを基に役柄を考案しました。いまから10年ほど前、私が結婚して間もない頃、「夫婦の一方が浮気をしてもう一方が怒らなかったら、愛情はないことになるのか」と自問したことを思い出して、彼ならこの微妙な感情を理解してくれるんじゃないかと思いました。脚本を読んだ稲垣さんが、「ぼくも知っている感情だ」と言ってくださり、実現に漕ぎ着けました。
 
――プレスシートに、「これまで以上に〈好きという感情そのもの〉について深く掘り下げた」とあります。
 
今泉:日本の恋愛映画では好きという気持ちを疑わないものが多いけど、自分はその気持ちを疑う映画を多く手がけていて、一般的な恋愛物に比べたら温度の低い、些細な事柄を描いています。傍目には小さく見えても、本人は相当悩んでいるというシチュエーションを好んで描いてきて、「周囲の人間と比べたら愛情が足りないのではないか」という恐れは、その最たるものだと思います。また、友人など数人に相談して答えが出るものは映画にならず、むしろ、各人各様で答えが違う事柄こそ、映画にする意味があると思うんです。もしそうなら、映画で結論を出しても、問いを投げて終わりにしても、見たあとで議論できる。議論の末、自分が答えをもらうこともできますから。
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――稲垣さんが演じるフリーライターの市川にそうした微妙な悩みを託す一方で、若葉竜也さんが演じるスポーツ選手の有坂にはもう少し公的な悩みを託しているようです。
 
今泉:芸能人や政治家が浮気をしたとき、世間から抹殺されるように扱われることに自分は強い違和感があって、たしかに身内を傷つけるひどい行為ではあるけれど、結局は当人同士の問題だと思うんです。でもマスコミにスクープされた途端に、多くの匿名の声が寄ってたかって非難し、浮気された側がかわいそうだ、などと勝手に擁護する。その言葉によって離婚に至ったりさえする。それは正しいようですが、本当に正しいのでしょうか。こうした問いかけを若葉さんの役柄には含ませています。稲垣さんの役柄も小説を一冊だけ書いて終わった人間だけど、そうなったのも彼のポジティブな判断なのかもしれず、世間が「あいつは書けなくなった」と、決めつけてしまうのはどうなのかという疑問を忍ばせています。社会の側から偏見にさらされやすいことでも、当事者たちが自らの状況をどう認めて、折り合いを付けるのか見つめたいと思いました。
 
――玉城ティナさんが演じる高校生作家、久保留亜のキャラクターはどう思い描かれたのですか?
 
今泉:稲垣さんがフリーライターという設定ですから、同世代の物書きにすると、ある種のライバル関係が生まれてしまいます。それもあって、稲垣さんの役柄が40代だとすると、もっと若い世代にしてそれぞれの恋愛を描こうとしました。世代ごとに嫉妬の感情も違います。それぞれのカップルが出す結論も当然違うものになると考えました。
 
――留亜の小説を通して「手放す」というもうひとつのテーマが浮上してきます。
 
今泉:諦めたり手放したりするのは、必ずしもネガティブなことばかりではないと思います。疲弊してつらい状況を経験して、何かをやめたり手放したりすることは、むしろポジティブな選択だと思っていて、後半のプロットを作りました。
 
――映画全体を意志的に統率する監督もいると思いますが、今泉監督は柔軟に周囲の考えを受けとめながら作品を作っていくタイプのように思われます。監督として留意されているのはどんなことでしょう?
 
今泉:もう17本も撮っていますが、いまだに演出の極意を語るのは難しいですね。ひとつ言えることは、俳優が芝居をしやすく、スタッフが意見を言いやすい現場をいかに作るかでしょうか。自分ひとりの頭で決められることは限界があるから、いろんなアイデアとか偶然を取り入れたいんです。一語一句セリフにこだわっている訳ではないので、変えてもいいのですが、変えるからには面白く変えてほしい。脚本どおりに撮りたいというのは全然なくて、脚本を越えた何かが撮れないかとずっと思っています。
 
――旧作のほぼすべてが恋愛群像劇です。監督にとって恋愛映画とはなんでしょう?
 
今泉:難しい質問ですね。オリジナル脚本で映画を作ろうとして、最初に興味を持ったのが恋愛物だったんです。親しい友人が「今泉の映画は恋愛映画というよりも人間関係の映画だよね」と言ってくれたことがあり、それはとても嬉しかったです。
 
――今泉さんの作品は、どちらかというと受け身の人物を描いていますから、主体性が人間関係のベースにある西欧人には理解されにくい一面があるようにも思います。彼らに向けて語るとすればどんな言葉を贈りたいですか?
 
今泉:それはイタリア人が恋愛上手と思われているのと一緒で、ひとつのイメージに過ぎないんじゃないかな。どの国にも受け身の人間はいるはずで、彼らが作品を見て、わがことのように感じてくれたら喜びです。凄く大きな、間違ったことを言うかもしれないけど、映画好きはみな、本来、受け身で繊細な側の人間なのではないかと自分は思っていて、いい人生を歩んで主体的に行動できる人間は、映画や小説、また公園でまったりしたりする時間は必要ないんじゃないかな(笑)。自分の映画を必要としない人も多いだろうけど、自分を含めた、ネガティブ思考の、行動力のない人間に向けた映画を今後も撮っていきたいです。
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2022年9月21日 東京ミッドタウン日比谷

インタビュー取材・構成:赤塚成人(四月社)

 
 
第35回東京国際映画祭 コンペティション部門
窓辺にて
公式インタビュー

©2022「窓辺にて」製作委員会

監督:今泉力哉
キャスト:稲垣吾郎、中村ゆり、玉城ティナ

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