東京国際映画祭公式インタビュー:
第35回東京国際映画祭 コンペティション 審査委員長
ジュリー・テイモア
スペインの人里離れた村に移住したフランス人夫婦と、地元有力者の軋轢をパワフルに描いた『ザ・ビースト』が、東京グランプリ&最優秀監督賞&最優秀男優賞の3部門を受賞。最優秀女優受賞には、チリ独裁政権化の恐怖を描いた『1976』が輝いた。
また、第二次世界大戦を扱った映画の撮影現場を舞台に、ヒットラー役に抜擢されたエキストラの“変貌”を描く『第三次世界大戦』が審査委員特別賞を受賞。最優秀芸術貢献賞には、違法な養子斡組織に関わった青年を主人公に、現在のスリランカが抱える社会問題を浮き彫りにした『孔雀の嘆き』。
『ザ・ビースト』が圧倒的な評価を得た第35回東京国際映画祭コンペティション部門について、審査委員長のジュリー・テイモア監督に選考過程などを伺った。
――『ザ・ビースト』3部門受賞の理由は?
ジュリー・テイモア審査委員長(以下、審査委員長):『ザ・ビースト』は、抜きん出て別の次元にあったと思います。もし音楽賞・撮影賞があれば、それにも値する作品です。私自身が監督であるせいかもしれませんが、映画というのは監督ありきだといます。監督がすべての要素を選んで作品を作るのですから。
よく、アカデミー賞で作品賞を受賞したのに、なぜ監督賞を獲らないの? と不思議に思うことがあります。やはりグランプリ(作品賞)は監督賞とともにあるべきですから、今回のような結果に至りました。男優賞と同時に女優賞も候補になり『1976』と競いました。
結局、審査委員である女優のシム・ウギョンさんの強い思い入れもあり、さらに審査委員一同で議論をした結果、『1976』に決まったのです。『孔雀の嘆き』は複雑な反応を得られる作品で、物語の題材が私たちの心を掴みました。“なにかを称えたい”という敬意を示す的確な賞がなかったので、最優秀芸術貢献賞という形になりました。
『輝かしき灰』も私的には応援したい作品。ですが、審査委員の方々といろいろな意見を出し合い、最終的にどこで同意できるかを議論し、最終的にこの結果となりました。
――審査委員長を務められて、他の映画祭にない魅力や改善点など感じられたものは?
審査委員長:アジアの作品が多いこと、地域で異なる作品が選出されていること。またヨーロッパの作品がとても少ないところが、魅力だと思います。
このプログラミングが完璧だとは思いませんが、映画祭にとって様々な視点があることを知りました。いわゆる映画スター寄りではないことですね。
――つまり、作品の彩りが中心で選ばれているのが特色の映画祭ということですか?
審査委員長:それこそ、ケイト・ブランシェットとかロバート・デ・ニーロとかクエンティン・タランティーノとか、一切見なかったですからね。(笑)
私が目にした作品というのは、監督はひとりも、俳優さんもほとんど知らない人たちでした。最優秀男優賞を受賞したドゥニ・メノーシェは、後で調べて『イングロリアス・バスターズ』(09)に出ていたと知りましたが、「それって、何年前?」という感じですよね。
ご一緒した審査委員のマリークリスティーヌ(・ドゥ・ナヴァセル)さんは、メノーシェと同じフランス人ですが、彼のことを知りませんでした。そして、そういう環境の中での新しい出会いにワクワクしました。先入観なく純粋に才能を見ることが出来たということで、それが特異なものであり、素晴らしい体験となりました。
――逆に、その特異性によって映画祭の存在がなかなか大きくならないという悩みもあると思います。何かアドバイスは?
審査委員長:それは私の仕事ではないので。(笑)有名な俳優は、たとえばNetflixなど配信サービスで見られますし、いろいろな国で配給もされます。ですから本当に映画が好きで映画を愛する人であれば、やはり映画祭に来ていただいて、今回上映されたような作品をご覧になっていただきたいと願うばかりです。
そして、ご質問の解決法は、残念ながら、スターの存在が注目を集めやすくするという、悲しい現実がありますね。
――3本の日本映画がコンペティション部門に参加しましたが、国際映画の作品と比べると日本映画は半径2〜3mで起っている小さな世界を描いているような印象でした。ご自身の日本映画へのご感想を伺いたいです。
審査委員長:私自身がそれを言っていいのか、ちょっとわかりませんが、ご質問の答えとしては、まさにおっしゃったようなことです。審査委員長の立場としては、国際映画祭ですから特定の観客に向けた内容ではないほうが良いかと思います。
とにかく、私たち審査委員の評価では、今回受賞した作品の上を行く日本映画がなかったということです。『窓辺にて』が観客賞を受賞したのは、観客のみなさんがそれぞれ何かを感じた結果ですが、とても個人的なものがあるような気がします。そしてそれは、テレビによって映画の価値や評価が変わってきたということの現れでもあります。
私にとっての偉大なフィルムメーカーは黒澤明監督です。彼は、私とはまったく異なる文化を持った方ですが、言語を超越して普遍的に物語を伝えられる素晴らしいアーティストです。日本的でローカルな物語であっても、物語を語る手法がとても秀でている。そういう黒澤監督への思いもあって、私たち審査員は「なぜ映画なのか? iPhoneでなくて、どうして映画なのか?」という基準も念頭に、各フィルムメーカーがどのような手法で、どんな物語を語るのかを注意深く見ていました。
そして、たとえば『ザ・ビースト』『第三次世界大戦』『輝かしき灰』『孔雀の嘆き』などは、私たちの世界を揺さぶるような作品でした。この世にあるいろいろな問題を普遍的に、いわゆるドキュメンタリーという手法ではなく、ただ悪いところを見せるというスタイルではなく、芸術的な形で描いている。本当に、人間の頭の中の思考と心を開かせるものがあったと思います。
――パワフルに審査委員長を務めてくださいましたが、パワーの秘訣は?
審査委員長:情熱を持っているからだと思います。私が座右の銘のように言うのは、「人々を、彼らが望んでいなかったようなところへ運びたい」です。彼ら(観客)が考えてもいなかった、思いもよらなかった、行きたいと思っていなかった場所に連れていきたい。そこで共感していただきたいと願って、常に情熱的に活動しています。芸術のパワーによって、人々を変えさせていく力があると信じているのです。
先ほど申し上げたように、偉大な黒澤明監督の作品は、サムライがカウボーイになるなどいろいろな形にリメイクされながら、広く伝えられ続けています。私の手がけた『ライオン・キング』もまた、文化や国境を超えて多くの人々に感動していただいています。
そのように人々が惹かれるものというのは、独自性だと思っています。私は、自分の芸術として物語を伝えていくこと、思ってもいなかったところに旅をして欲しいと願っています。そのためには、テレビを見たりスマートフォンを見て下を向いているだけではなく、上を見ていただきたいと思います。